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?サンモトヤマ会長?茂登山長市郎追憶の風景フィレンツェ伊
初めてフィレンツェ(伊)に行ったのが、1959年のことでした。最初のヨーロッパ旅行でね。ミケランジェロやダ?ヴィンチの作品だけじゃなく、広場や橋も美しくて。宝石みたいな街だと思いながら通りを歩いていて、ある店の前で立ち止まってしまった。商人のカンですね。「GUCCI(グッチ)」と書いてありました猟銃の革ケースや赤と緑のストライプが入ったキャンバス地のハンドバッグ……。こんな素晴らしい商品は見たこともない、自分が客だったら絶対に買う、と思いました。イタリア文化の香りがある。正式に仕入れて日本に広めよう、と心に誓ったんですその当時、僕は終戦で復員して、東京の有楽町駅前にあった父の店の裏を借りて、いわゆる「闇」で米国の製品を売っていました。戦争中に中国?天津の!
旧租界の商店街で欧米の一流品を見て、「生きて帰れたらこんなきれいな物を売ろう」と思ったからその店に「ライカはないか」と現れた写真家の名取洋之助さんが、「長さん、売るならアメリカの物なんかじゃなくて、本物のヨーロッパの品だ。これからは文化を売らなきゃだめだ」と欧州旅行に誘ってくれた。そして出会ったのがグッチでしたそのあと何度かフィレンツェを訪れ、「日本で売りたい」と頼んだけれど、だめでした。それでもあきらめられなくて、また行って店に突撃したら、たまたまバスコ?グッチ社長(当時)がいて「君か、うわさの日本人は」と声をかけてくれた楽しげに商品説明をしながら銀のシガレットケースを差し出したので、僕はとっさに胸のハンカチを取ってそれを受けました。銀製品は指紋が残!
るから素手で触っちゃいけない、と名取さん�!
�ら聞�
��ていたから。そうしたら急に社長が笑い出して「取引しよう」と。あの時の喜びは忘れられないグッチのような世界の一流品を売るためには日本の一等地に店を構えなくてはと、銀座の並木通りに店を移しました。それがきっかけで、エルメスやロエベなど欧州の高級ブランドとも取引できるようになりました6月にフィレンツェの財団から文化や芸術などの分野で貢献した人に贈られる賞を、市から名誉市民賞をいただきました。イタリアの美しい品を日本に紹介してきたことと、修復が望まれていた広場の教会の「天国の扉」を復元するために、本物そっくりのレプリカを90年に寄贈したためでしょうでも復元はフィレンツェへのほんの恩返しの気持ちでした。あの地がなかったら今の僕はいない。初めて訪れたとき、名取さ!
んが「このルネサンス文化を支えたメディチ家ももとは商家。いいかい、もうけた金で何をどう残したかが問題なんだ」と言って、メディチ家の紋章のピンをくれたの。それを心に刻んでいました。これからは日本を含めてアジアの美を掘り起こしていこうと思っています今は世界中のブランドが日本に直接進出しています。でも巨大資本による戦略が先立ち過ぎて、品質を維持するための誇りが失われかけている。量やブランド名より、個性と質と美がある物を初心に戻って本気で売ることが今後は必要。その意味で商売については、戦争直後のような時代がまた来るんじゃないかという気もします。

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